本日、広島の京橋の袂にある京橋会館の一般公開に行ってきました。
京橋会館は1954年に建設されました。戦後の傷跡がまだまだ残っている時代の建物です。あの原爆から9年後に建てられた建物なのです。
そのデザイン性は当時の事を考えるとかなり尖ったものだったのではないでしょうか?
現代のマンションは室を商品になるようパッケージングしています。いわゆるnLDKというやつです。そのパッケージを如何に積層し詰め込んでいくら儲かるか?その一点に絞って設計されています。
しかしこの京橋会館は中庭があるのです。つまりコミュニティが存在し、井戸端会議や子供たちの遊び場として機能していた事が伺えます。
設計に人の生活ではなく人々の生活が織り込まれていたように感じました。
部屋の中は広くはありません。寧ろ天井高さは低く面積的にはとても狭いです。しかし中に入ってみると意外と圧迫感を感じませんでした。それは窓の大きさ等が影響しているものと思われます。上記写真の窓も出窓になっているのですが、現代でこれを再現しようとすると、すぐ人が落ちるので窓下の腰壁の高さをもっと上げないといけないなど実現には至らないと思います。しかしこの部屋はとても開放感がありました。
これはダストシュートです。これも現在ではほとんど採用される事は無いのではないでしょうか?しかし当時としてはかなり先端を走っていた機能だったと思われます。
階段手すりです。人造石研出の手すりです。とても柔らかな曲線が描かれています。モダンなデザインですね。古い学校等にも良く採用されています。現代の画一的な建築に一石を投じる秘めた力を感じました。
ここの住人の方が出られたのが1988年8月だったのか?今から23年前のカレンダーです。
これもなかなか質感の高い真鍮製のスイッチプレートです。レトロな感じで改めて斬新さを感じます。この感覚って一体なんでしょうか?
台所スペースと今スペースを区切る木製の格子。単なる角材ではなく、面を取ったデザインになっていて視線は通るが領域はきっちり分ける意図を感じます。狭い空間の中で視線を遮る事無く空間を仕切る工夫だと感じました。
歴史を感じる消火栓ボックス。昔はこんなの良く見かけたんですけどね、、、
11を示す室名プレート。なにか思い切りの良さを感じました。この感覚は私にはありませんでした。気負っていない自然体でこだわりの無さが潔さに繋がっていると私なりに解釈しています。
建築マニアしか集まらないのではないかと勝手に思っていたのですが、テレビカメラは来ていたし、世代を問わず色々な方が見学に来られていました。やはり皆さん、消え行く歴史に触れておきたいと思われていたのでしょうか?
何か懐かしさを感じます。
当時はわいわいと活気があったのでしょう。
少しセンチな気持ちになりました。
当時の物干し場です。この建物にはバルコニーがありません。なので、この屋上まで洗濯物を干しにきていたそうです。
当時、洗濯機という概念が浸透していなかった時代だったようです。ここで洗濯板で洗濯物を洗っていたようです。この写真はその洗濯スペースです。シンク部分はモルタルで埋められています。当時はここでも色々な家族が交流し色々な関わりが生まれていたのでしょう。現在はボタンひとつでピッですからね、、、
これも現代では見る事が出来ない、木製の浴槽です。京橋会館の住戸は1階の住戸しか風呂がありません。2階より上の住戸の方々はどこか銭湯にでも通われていたのでしょうか?
現代の集合住宅の室内計画に繋がるプロトタイプ的間取り。
広島市のホームページを見るとこの建物を取り壊し、再開発を行い新しいビルを建設する計画が掲載されています。完成予想図が載せられていますが、、、
何でしょう、この残念な気持ちは、、、
時代を感じます。
当時の日本の勢いを感じさせる看板やその雰囲気。
手前の建物が一般的な大きさの4階建て。奥が京橋会館(4階建)如何に当時がミニマムスケールだったかが伺えます。
当時の雰囲気や息吹を現代に伝える貴重な建物ですが、近々取り壊されるようです。
ご覧になっていない方は是非足を運んでみてはいかがでしょうか?
今の日本に失われてしまったエネルギーの様なものを感じることができると思います。
また建築デザインとしてみても水平、垂直を強調したデザインはとてもモダンで現代的目線で見ても斬新さを感じてしまいます。